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半導体業界の<過去・現在・未来>ジェイデバイスの登場はいかにして日本の半導体を変えてきたのか
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  • 伊藤 誠司

    総務・人事統括

    伊藤 誠司

    過去在籍企業:ソニー、Coltテクノロジーサービス

    人事・総務責任者として働きやすい職場環境の実現および組織・人材強化、人事制度改革等をリードしている。

  • 吉田 章人

    CTO

    吉田 章人

    過去在籍企業:東芝、Amkor

    ジェイデバイスの技術開発全般の責任者。要素技術においてはAmkorとの連携を進め、製品技術の面では各拠点で新製品立上げに注力している。

  • 竹下 育穂

    製造本部 本部長

    竹下 育穂

    過去在籍企業:富士通、九州富士通エレクトロニクス、富士通セミコンダクター

    製造計画、異常品の管理、歩留まり管理、品質改善、製造装置の保守計画・予防保全の立案、実行を統括している。

  • 岡本 広生

    CFO

    岡本 広生

    過去在籍企業:クレディ・スイス証券、ドイツ証券、リーマン・ブラザーズ証券、モルガン・スタンレー証券

    財務統括、企画統括、人事・総務統括を所管とする取締役としてさまざまな経営上の意思決定に関与。CFOとしてAmkorへのレポーティングも担当。

  • 川島 知浩

    ビジネスユニット統括

    川島 知浩

    過去在籍企業:NECエレクトロニクス、ルネサスエレクトロニクス

    拡販成長を企図するとともに収益性の向上を推進。ビジネス戦略を策定し、中期的な業績目標達成に寄与している。

TALK SESSION
TALK1

過去~日の丸半導体の栄枯盛衰

竹下

約30年前、私が富士通に入社した頃は東芝やNECなど各社がメモリをつくっていた時代でした。アメリカの技術をベースにしたところもありましたが、日本のメモリは信頼性も生産性も高く、時流に乗っていました。日本の半導体が良かった時期ですね。

伊藤

当時はアメリカに行くと、いろいろなところで日本の最終製品を目にしました。当時のメーカーは、すべて自前で開発するのだと猛烈に投資していましたね。

川島

ところが90年台にバブルが崩壊。日本企業はバブル崩壊で投資戦略の判断ができずに、方向性に迷いました。一方、海外勢はその間にプラットフォームをつくり、標準化を進めました。今でも覚えているのが、たしか1992年にDRAMの首位がサムスンに変わった時です。世界における日本の半導体のシェアは一時期40%程度あったものが、2000年以降には20%レベルにまで落ちてしまいました。その後、半導体メーカーのランキングトップ10には東芝しか残らなかった。本来は業績が低迷した時こそ、次に備える投資戦略を取るべきです。それなのに、日本企業はその判断ができなかった、というイメージを持っています。

吉田

その頃、台湾のメーカーは水平分業化を進めましたね。後工程はOSAT(半導体後工程受託製造)に委託するという流れに日本企業は乗れなかったわけです。

竹下

しかし当時の日本企業には、外部に任せられないという抵抗感があった。垂直統合型の方が水平分業よりも効率的だと考えていたのです。

川島

品質や生産技術の面でも優れているという自負がありましたよね。

伊藤

当時、私はソニーにいましたが、サムスンが台頭するまで日本の電機メーカーは圧倒的に強かったですよね。強かったがゆえに、わざわざ経営体制を変えてまでチャレンジする必要はなかったのではと。強さゆえに、時流に乗り遅れてしまったのではと捉えていました。

岡本

多角的なコングロマリットと特定のビジネスに特化した会社のどちらが良いのか、という話ですね。アメリカ、中国などのクライアントとも接してきた私の経験から見ると、日本の電機メーカーは、一度決めた方向に組織立てて進んでいくのは得意です。しかし逆に言うと、「特定のビジネスに特化した方が上手く行くのでは」と思っていたとしても、流れを変えることは難しかったと思います。

吉田

メモリのような汎用品をつくるうえでは、歩留まりを上げるなど、地道に分析して改善していくことが求められます。そういった部分では日本人は強かったですね。

岡本

「QCD(品質、コスト、デリバリー)」のそれぞれで、それなりに競争力があったわけですよね。つまり、結果として全体の競争力があったとも言える。

竹下

日本の企業は、大量生産と同じ値段で少量のものもつくる。それを「QCDS」の「S」=サービスだと思っていたのでは。少量の生産では、本来は安くつくれません。ビジネスとしては利益が少なくなりますよね。それを、「同じ値段で売ってほしい」という顧客の要望にサービスとして応えた。その点、海外企業は大量生産を前提としていて、少量の場合には価格を高く設定していたのだと思います。

川島

お客さまの言うことを何でも聞いて、カスタマイズを重ね、それを安く提供し、顧客満足を得る。それもひとつのやり方です。しかし海外は、製造工程の標準化を進め、価格も含めて合理的に商売をやっていた。一方の日本企業は、利益の少ない個別の要望に応えすぎるがゆえに将来に向けた投資ができず、外部への依存性が高まっていき、収益が悪化する。やがて立ち行かなくなって、事業を手放すしかなくなる。そういう構図でした。

吉田

日本はいつもみんな同じ分野に集まっていましたね。1985年、インテルはDRAM事業から撤退しましたが、その後、プロセッサに投資してトップになりました。日本企業が方針を変えられなかったのは致命的でしたね。

川島

台湾の場合は、税制も含めた国策として半導体に向き合ったことも有利だったと思います。日本では、たくさんのコンソーシアムが生まれたが、どれも期待した成果が出ませんでした。「日の丸半導体」と言いつつも、お互いに競合性を持っていて、せまいパイの取り合いで成果を出せなかった。

竹下

15年ほど前に、九州に半導体企業を集めようとした「九州シリコンアイランド構想」がありましたね。もしかすると、あの時は半導体企業の集積という意味で九州が台湾になれたチャンスだったのではと思うことがあります。台湾は国として半導体産業に注力するという選択ができたし、投資もできた。お金も集まった。日本でも、国が上手く介入していれば、違った結果があったかもしれません。

川島

たしかに。しかし仮定の話であって、やはり基本としては各企業がビジョンを持ってやるしかない。いくら「お上」が手を出しても、変わらなかったかもしれない。

伊藤

大きなマーケット、つまりメモリに各社が集まったのは普通のことだと思います。でも、日本の半導体産業はそれで斜陽になってしまい、一点集中の会社が伸びた。東芝のNANDのように、他のメーカーも特定分野に集中していれば上手くいったのでしょうか?

川島

現状をみても集中と選択は生き残りの要件になっているように思います。各企業において集中する分野を選択するのは難しかったと思いますよ。半導体が健全な事業として独立していない状態で負のスパイラルに入ってしまいましたから。2001年には東芝がDRAMから撤退し、2003年には日立製作所と三菱電機の半導体部門が一緒になってルネサステクノロジが生まれ、2010年にはそこにNECも合流してルネサスエレクトロニクスになったり……。企業の変遷がそれを物語っています。

伊藤

まるで銀行の変遷のようですね(笑)。

TALK2

現在~ジェイデバイスがもたらした変化

吉田

現在の日本の半導体業界は、随分こなれてきましたよね。フラッシュメモリは東芝、イメージセンサーはソニー、車載向けデバイスでルネサスといったように、それぞれ特色を出したところが生き残ってきました。

川島

痛みを伴い、血を流しながらも仕分けをしてきた、というイメージです。現在は「ムーアの法則」(半導体の集積密度が1年半で倍増する経験則)に対して「モア・ザン・ムーア」という世界もあって、微細化の法則に乗らない半導体技術がIoT(Internet of Things:あらゆるモノがインターネットにつながること)や自動車の分野で伸びてきており、各社はそこに集まってきています。また新たな競争が激化していますが、以前と違うのは、日本で生き残ってきた企業は、世界で戦い始めているということです。

吉田

ジェイデバイスが生まれた意義といえば、日本で始めてOSATとして海外と戦える会社が出きたことに尽きるのではないでしょうか。それまでは、半導体メーカー各社が後工程を持っていたのをほぼ統合した。つまり、台湾で起きた水平分業が日本でもできるわけです。

川島

ジェイデバイスはいろいろな会社が集まり、総合力によって戦おうという集団です。かつて、半導体の後工程は前工程に比べて優先度が低く見られる傾向があり、日本では成り立たない業種だと思われていました。それが品質の高さや多様性を強みとして、OSATとして成り立つようになりました。

竹下

たとえば富士通も、ずっと後工程を手放す考えを持っていたと思います。目の前にお客さまがいるから、製品を供給し続けないといけない。でも、もう耐えきれないと。富士通はジェイデバイスのような会社の登場を待っていた感じがします。もしもジェイデバイスがなかったら、手放された後工程の工場はどうなっていたのだろうと思います。

川島

竹下さんがおっしゃったように、半導体の後工程事業が立ち行かなくなってきた時に、ジェイデバイスが受け皿として機能した。そうでなければ、中国や台湾が買っていたかもしれませんね。でも、それは日本の技術やビジネスが欲しいだけで、工場が閉鎖されたり、賃金が大きく下がったりと、良い結果にはならなかった可能性もあります。日本の良さや特徴を持った事業がすべて外資の企業に買われてしまい、日本に残っていないという状況はぞっとしますね。

竹下

仮に海外の企業が買っていたとすると、日本企業がやってきたように少量のものはつくらないでしょうね。あるいは少量生産の価格を上げるでしょう。ジェイデバイスの登場は、非常に良いタイミングだった。

伊藤

ところで富士通は、なぜ半導体の後工程を手放す必要があったのでしょうか。

竹下

採算が取れにくいからです。富士通が後工程を手放そうとする考えは2000年頃から始まっていたと思います。10年以上、ずっとタイミングを見ていましたが、少し景気が上がって、また下がっての繰り返しで。耐えられないとは言っても、富士通は大きな企業ですから、他の事業とのバランスで半導体を持たせることができたのでしょう。

川島

東芝、富士通、ルネサスなど、各社からジェイデバイスが後工程を任されている背景には、日本の市場の特殊性がありますね。お客さまの要望が多様であり、海外の企業であれば受け入れないであろうことも対応してきた。ジェイデバイスの役割は、日本の半導体メーカーと、そのお客さまのビジネスを支えながら全体を最適化することです。たしかにジェイデバイスがなければ、ビジネスの動きがまったく違っていたでしょうね。

伊藤

後工程をジェイデバイスに任せられることで、半導体メーカーにはどのようなメリットがあるのでしょうか?

竹下

投資の効率が上がります。各社がそれぞれ個別に投資をするよりも、ジェイデバイス一社に後工程を集約し、それに必要な投資をジェイデバイスが行った方が、無駄がありません。

吉田

ノウハウの共有という観点もありますね。ひとつの課題に対して、会社によって解決へのアプローチが違いましたから、それをインテグレーションのなかで共有できるようになったのは大きなメリットです。

竹下

そう、たとえば富士通にいると、NECのことは分からない。今までは他の半導体メーカーがどのようなものづくりをしているのか、ブラックボックスだったんですよ。それが、ジェイデバイスでは共有できる。そういう面も素晴らしかった。

吉田

日本は終身雇用で人材が流動しませんからね。ある会社の社員になると、そこの社員としてプロになるしかなかった。それが、3社が一緒になってジェイデバイスになったことで、状況が変わりました。海外企業のように多様な文化を持った人たちが交わる環境が、ジェイデバイスに生まれました。

岡本

ノウハウの共有といっても大げさな話ではなくて、現場レベルで小さな発見がたくさんあるのだと思います。一見小さくて地味かもしれないけれど、積み重なると影響力は大きいですよね。

川島

半導体の後工程は、品質や価格に関わるファクターとしての位置づけが上がってきました。一種のパラダイムシフトですね。10年前くらいから、後工程に対する事業戦略もしっかりと考えようという傾向になり、現在になってますます後工程の活躍の場は増えてきました。

岡本

文系出身の私の理解だと、以前は1枚のウェハからどれだけ多くのチップを生み出すかが重要だったわけですよね。それが今、IoTというキーワードの中で、ウェアラブル端末のような分野が出てきて、チップをいかに小さく実装するかが重要になってきた。そのためには、後工程のパッケージの技術がないと、小さくて性能を実現できるデバイスは生まれない。それで後工程の付加価値が高まっている、という印象なのですが。

吉田

その通りです。

伊藤

ジェイデバイスの技術の重要性がますます増すということですね。

川島

最近の潮流としては、複数のデバイスを組み合わせたモジュールなど、これまでのデバイス単体とは異なるソリューションが挙げられます。後工程とは、シリコンの周囲の端子と外部の端子間をつなげる接続技術が基本なので、どの分野のデバイスが増えたとしても、後工程ビジネスの機会が増えていくことは間違いないでしょうね。

TALK SESSION
TALK3

未来~IoT時代の半導体産業とは

吉田

IoTとは、すべてのものに半導体が入るということ。ですから、半導体の個数自体は増えていきますね。

川島

どんなリサーチを見ても、今後成長が見込まれる領域でデバイスや製品の種類が増えていくことは確実です。そして、半導体の個数が増えるということは、それを誰かがつくるということ。ニーズは確実に高まっていきます。

吉田

数以外の面でいうと、IoTによって技術も発展するでしょうね。高密度化、高機能化はさらに進んでいくはずです。

岡本

スマホに関しては、4Gの100倍の通信速度に当たる「5G」の研究が進められています。通信速度が早くなると、スマホの通信に関わるデバイスやメモリも高機能化が進みますね。

川島

IoTや自動運転が何を意味するかというと、センシングが増えるということです。それは膨大な数になり、当然それだけのパッケージが必要になる。また、コネクティブでなければならない。すべてにおいて半導体が必要となります。センシング、セキュリティ、ストレージ、情報処理など、その裾野はすべて半導体が支えることになります。映画『ブレードランナー』の世界ですね(笑)。

吉田

昔、SFの世界で見たものは、今や大体実現していますよね。

伊藤

あらゆる「モノ」や「コト」がエレクトロニクス化され、半導体を必要とするということですね。

岡本

たしかに、自動車メーカーが半導体の工場を持っていたり、欲しがっているのはそういうことかもしれませんね。

川島

ジェイデバイス一社でセンシングのソリューションすべてを抱えることは難しいのですが、パッケージという立場で別の企業と組んでサービスをつくることはできます。そのようなソリューション提供のスキーム検討や棲み分けが生まれるでしょうね。

吉田

たしかにセンシングやインテグレーションなど、ジェイデバイスの特徴を出していくことが必要です。海外のOSATと戦える規模になってきたとはいえ、同じことをやっても仕方がない。特徴を出していかないと、アジアと値段だけで戦うのは厳しい。

伊藤

そうなると、スピードも重要でしょうか。

吉田

そうですね。いかに多様なものを早く製品化できるか。IoTにおいては、バリエーションが求められると思うので、それをサポートできるかどうかはスピードにかかっています。

川島

たしかに日本企業は海外と比較してスピードが遅かった。それに対しては、システムを導入したり、やり方を変えたりしなければいけません。まさに過渡期ですね。
それと忘れてはいけないのは、日本のものづくりを支える現場の力です。たとえば海外の競合企業は、歩留まりを95%で契約したとすると、5%は余裕があると考える。だけど日本人は、それでも100%をめざす文化がある。これは姿勢としても圧倒的な違いですよ。

岡本

ですがシビアな言い方をすれば、それは単価に跳ね返ってこないといけません。海外と比べて本当に品質が高く、お客さまの個別の要求に細かく応えられるのだとすると、本当はそれに対する対価が取れないといけない。日本の現場力が強い一方で、課題としてはビジネス開発力であったり、プライシングのメカニズムを身につける必要があります。日本人にとっては難しい交渉になるでしょうが、海外企業と闘うためにはそこを乗り越えていかないと。

竹下

そう、お客さまにも変わっていただけるよう、私たちはそれを伝える努力をしなければいけません。同じものをつくるとしても、100個つくるのと、1000万個つくるのはまったく違うわけですから。

岡本

逆に、つくる力はあるので希望はありますよね。ある意味では、やるべきことは見えているから、展望は明るいとも言えるのではないでしょうか。

TALK4

メッセージ~ジェイデバイスで働くということ

伊藤

私は、最初に就職する会社は日本企業が良いと考えています。一人前の社会人になれるようしっかりと教育する文化がありますから。そのうえで、グローバルを意識して働ける会社が良いのではないでしょうか。

吉田

今、ものづくりの会社が日本から減っているので、ジェイデバイスは実際に手を動かしてものづくりがしたい人には向いている会社だと思います。

竹下

お二人がおっしゃったこともそうですし、ジェイデバイスはいろいろな会社の人が集まっていて、何よりも新しい会社ですから、企業文化自体をつくっていける醍醐味もありますね。

岡本

みなさんの発言に加えて、地域に貢献したい人にも向いている会社なのではないでしょうか。ジェイデバイスがなかったら、違う形になっていたかもしれない後工程の工場もある。地方の自治体の方とお会いして感謝されることもありますし、ジェイデバイスの事業が間接的にでも地方に貢献しているのは事実です。

川島

ジェイデバイスは自由度の高い会社ですよね。考え方次第で自由に挑戦できる。急成長しているベンチャーのような雰囲気もあります。自分でエンジンを持って動ける人に来ていただいて、一緒に会社を盛り上げてほしいです。

岡本

そこに尽きますよね。自分で関心を抱いて動ける人。私も新入社員によく言うことがありますが、自分がジェイデバイスの文化をつくるんだという気持ちで取り組んでほしい。

竹下

いろいろなタイプの人に来てもらいたいですね。内面に秘めた想いでも結構ですから、情熱を持っていてほしいです。

吉田

技術を統括している立場からすると、新しい製品や技術で世の中を良くしたいという人を求めています。これからも新しいものはたくさん生まれてくるので、そこに自分が関わりたいと考える人と働きたいですね。

伊藤

おっしゃる通り、自分の仕事で新しいバリューを生み出したいと考えている人を採用したいです。積極的に学ぶ意欲を持って、チャレンジしてもらいたいです。

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